イベント

水曜朝礼

DATE : 2010/12/7
日程:12月1日(水)

 

今週の「水曜朝礼」は
中学1年副担任の採田先生と
高校3年F組担任の城先生よりお話がありました。

-採田先生-

 自分を取り巻く全ての人に感謝の心を。

私が高校生のころに読んで、今でも大好きな本に書かれていたお話を紹介します。

ある日、一人の人が夢を見ました。
その夢では、自分と神様が並んで砂の上を歩いていました。
そこには自分の人生が映し出され、そのすべてに二人の足跡が残されていました。
一つは自分の、もう一つは神様の足跡です。
その人が振り返り、足跡をみると、ところどころ足跡が一人分しかないところがあります。
しかもそこはちょうど自分が最もつらく悲しい時期だったところでした。
それを見て、神様にこう言いました。
「神様、私があなたについていくと決めた時、あなたはすっと私と一緒にいてくださるとおっしゃいました。しかし、私が一番つらく苦しいときに、足跡が一つしかありません。なぜそのような時にあなたは私を見捨てられたのか。」

神様はこれに対して何と答えたでしょう。

ここで、私の経験を少しお話します。
わたしは、ある理由で成人式に出席できませんでした。そのころ、髪の毛が全て抜け落ちてしまったからです。原因はいまだに不明です。振袖を着ても髪をセットすることができなかったので、出席をあきらめました。
髪は抜けてしまえば生えそろうまでにかなりの月日がかかります。私の場合も一年弱の間、不自由は続きました。
しかし、この時期のことを思い返してみても、辛いとか悲しかった記憶というのはほとんどありません。どうしてか考えてみました。
部活の先輩が励ましてくれたこと、仲のいい友達が全く気にするそぶりを見せず、自然に接してくれたこと、成人式の日に自分も成人式には出席せず気を紛らわしてくれた友達のこと・・・。
私が辛い状況のときでも、落ち込むことなくごく普通に大学生活を送れたのは、こうした周りの人のやさしさや支えがあったからこそだと思います。

神様の答えはこうでした。
「わたしの大切な子よ。
 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して見捨てたりはしない。
あしあとがひとつだったとき、 わたしはあなたを背負って歩いていたのだ。」(「砂の上の足跡」より)

みなさんの周りにいる人はみな、あなたのことを大切に思い、いろんな形で必ずあなたを支えてくれています。また同じようにあなた自身も必ず、周りの人の支えになっています。

自分を取り巻く全ての人に感謝し、全ての人を大切にしていってください。

☆付け足し☆
最後に一つ、毎日を楽しく生きる私なりのコツをお伝えしたいと思います。
ものの見方を工夫してみてください。同じ現実を捉える場合でも見方を変えれば毎日を明るく過ごすことができます。先ほどの私の経験談に戻りますが、そのとき私は、毎日髪が少しずつチクチクと生えてくるのを楽しんでいました。そこに着目できるようになると、他の髪がどれだけ抜けていこうとまったく気にならなくなったのです。

ちょっとした視点の切り替えで、人はいくらでも強く逞しく生きられるのではないかなと思います。周りの人に感謝したり、人を大切にするにはまず自分が幸せでなくてはなりません。先ほどの話と合わせて、ぜひ意識してみてください。みんながいつも笑顔で過ごせますように。

-城先生-

 今日は学校について話をします。
 みなさん、なぜ学校があるのだと思いますか。学校のない国なんてないですよね。なんのためにどの国も学校をつくるのでしょうか。
 子どもたちが勉強をするため、というのがすぐに出てくる答えでしょうか。それも正解です。でももう少し考えてみると、勉強だけができる子どもたちを育てようと学校をつくったのでしょうか。

 じゃあ、勉強だけじゃ足りないなら、これに部活も加えましょう。勉強と部活を一生懸命がんばる生徒がいたら、そりゃ学校をつくった人たちは喜ぶでしょうね。なにかに打ち込んでいる若者は美しい。

 じゃあついでに学校行事もがんばりましょうか。勉強や部活以外に体育祭や合唱コンクール、学園祭などの学校行事も一生懸命頑張る。いい生徒ですよね。クラスにはいろんなタイプの友達がいますがそんなクラスメートと力を合わせて一つのことを成し遂げる。協力することの大切や協調性、責任感を学ぶ。そんな生徒たちが社会に出て行って活躍する。日本はいい国になりそうですね。

 だいぶ、核心に近づいてきました。
学校があるのは良い国をつくるため、分かりやすく言うと、良い社会をつくるために学校はあるのではないでしょうか。よい社会をつくってくれる若者を育てるのです。
 そうすると、もうひとつとても大切なことを学校で君たちに教えなければなりません。
 なんでしょう?
 それは社会のルールを守るということを教えなければなりません。ルールがないと国や社会は成り立たないんですよ。
 ルールって、法律だったり、約束事であったり、マナーも一つのルールかもしれません。
 ルールを守れる人達を社会に送り出したいのです。
 だから、学校は社会のルールを守る予行練習をする場所なんですね。
 
 学校にもルールや約束事がありますよね。 例えば、スカートを短くしないという校則。
これは国だと法律にあたりますね。それから、委員会に出席するさい集合時間に遅れないとか、宿題などの提出物を期日にちゃんと出すとか、今私の話をきちんとした態度で聞くとか、こういったのは約束事ですか。
 この季節だと職員室に入室するさいマフラーはとりコートは脱ぐなど。これは世界共通のマナーですが、ちなみに、なぜマフラーやコートを脱がなければいけないかというと、マフラーやコートについたゴミを部屋に持ち込まないというのが大きな理由のようです。
これは昔からあるマナーなのですが、昔は道路も舗装されていなくほこりなんかがすごかったそうです。屋根からはゴミが落ちてくるし。マフラーやコートは防寒具ですから、建物の中では脱いでも影響ありません。脱ぐことができるものは相手のことを考えて脱ぐというのがこのマナーの始まりなのでしょうね。
 学校ではそういうマナーなどを教えながら、社会に出てもルールや約束事をきちんと守れるよう練習する大切な場所なのです。

 私の話は以上ですが、
 もっと、社会のルールの概念を哲学的に興味深く取り上げた本があります。推薦図書として取り上げられている『中学生からの哲学超入門』という本です。
高3のところで紹介されています。中学生からのという題がついていますが、高校3年生が読んでも面白いです。もちろん中学生も読めます。興味があったら是非読んでみてください。