イベント

水曜朝礼

DATE : 2010/12/9
日程:12月8日(水)

 

今週の「水曜朝礼」は
高校1年副担任の磯野先生よりお話がありました。

・いよいよ明日から期末試験。みなさんは、今日は寝ないで何とか漬け・・・イエイエ、テスト勉強に励むことでしょう。

・「テスト」という言葉の響きは、わたしもあまり好きではありません。この言葉を聴くとなんだか緊張してしまうのですよね。そんな私に、テストの思い出がいくつかあります。
  ① 中1になったばかりのうぶな私は、各教科ごとのテストに対してどういう風に勉強していいのかわからず、1学期の中間試験の結果は惨憺たるものでした。
  ② (それでも)中2の担任の理科の先生が大好きで、何とかいい点数を取りたくて、夏休みにずっとひそかに理科ばかり勉強して、2学期は先生がびっくりするような高得点を取ったりしました。
  ③ (また)音楽が得意だった私は、中1~高1まで、テストで満点以外の点を取ったことがないのが自慢です。
  ④ (しかし)高1の最初の数学のテストで0点を取ったなんて、恥ずかしくて大きな声では言えません。
・どれも、あれから〇〇年経っても忘れられない思い出です。当時の私にとって、学校生活が自分の生活のすべてのようなものでしたから、テストの結果ひとつに一喜一憂、天にも上るような気持ちになったり、地獄の底に突き落とされたような気分になったりと、それはそれは忙しいものでした。皆さんの中にも、一日の大半を過ごす学校が自分のすべてのように思われる人がいるかもしれません。

・さて…、今日は、どこにでもいるような普通の、でもちょっぴり負けず嫌いな女の子、サッちゃんのお話を一つご紹介したいと思います。それは、サッちゃんが中学1年の時のお話です。

・夏休みも終わり、2学期に入ったある日、担任の先生との面談がありました。面談はお母さんと一緒です。サッちゃんは中学生になってからは、テストの結果をお母さんに見せていませんでしたから、1学期の成績が悪かったことを注意されるのだろうと、内心ヒヤヒヤ、ドキドキでした。順番どおり面談は進んでいき、いよいよサッちゃんの番です。覚悟を決めたサッちゃん親子に先生がした話は、春、入学したばかりの時に書いた作文のことでした。
・タイトルは「中学生になっての目標」。サッちゃんは、「自分と気の合う友達をたくさん作りたい。」そう書いていました。どこかおかしいところがありますか?いけないことを書いたでしょうか?誰もが書くような、ごくごく普通の目標ですよね。でも先生は、その目標が良くないと言うのです。サッちゃんは納得がいきません。「どうして友達をたくさん作ってはいけないのか…。」不満顔のサッちゃんに、先生は言いました。「なぜ気の合う友達なのか?」サッちゃんは少しふてくされてしまいました。だってお友達ですから、自分と趣味が一緒だったり、好きな歌手が同じだったりと、共通点が多いほうが楽しいじゃないですか。気の合わない子となんか友達にはなれません…。
・そんなサッちゃんに、先生は続けて言います。
 気の合う友達ならすぐ見つかります。好きな子とだけ仲良くするなら、こんな簡単なことはないでしょう。人を、友達を、好き・嫌いで差別して付き合おうという目標は良くありません。できれば、どんな人とでも仲良く、友達になって欲しい。貴女ならそのことの意味がわかるでしょう?それができるでしょう?
・中学生になったばかりのサッちゃんは、勉強のことでかなり不安だったのに、それ以外のことでもなんだか自分を否定されてしまったような気がしました。かなりショックでした。一緒にいたお母さんは、その後何も言いませんでした。もともと学校のことにあまり口出ししない人だったので、先生が言った以上のことを言う必要がないと思ったのでしょう。そのときのサッちゃんはかなり落ち込みましたが、そこは負けず嫌いのサッちゃん、先生の言葉を何度も繰り返し考え、できるだけいろいろな人とお話をするように心がけました。そして、サッちゃんは、将来、自分もこんな人になりたい、こんな学校の先生になりたいと思うようになったのです。

・そういえば、先日、朝日新聞のコラム欄「天声人語」に、「LOVEとLIKE」の違いについて、こんなことが書いてありました。
 LOVEは異質なものを求め、LIKEは同質なものを求める心の作用。なるほど「愛」には不安定な揺らぎがあり、「好き」にはどこか安定がある。その安定感は、自分と同じものを相手に見いだした心地良さかもしれない――。
 高1の皆さんは、国語の時間にコラムを読んでいますから、読んだことがある人もいるかもしれません。もし、読んでみたいと思う人がいたら、図書館に行って、11月10日の朝日新聞を出してもらってください。もちろんインターネットでも読むことができます。
 実は、この話は、今から30年以上も前に、朝日新聞論説委員をしていた深代惇郎という人が書いたエッセイの一部です。そしてこの話にはもう少し続きがあって、こんな風に続きます。
 LOVEは異質な相手と合体することによって初めて自分が完全になれるという欲求だとすると、LIKEは自分と同じものを相手の中に確認したいという願望だと言える。
 しかし、人間には「知恵」があるので、物事を効率よく、合理的に数量化し、すべてを数字という同質なものに置き換えてしまった。異質なものがなくなるということは、愛を失うことであり、異質なものと対することによって自己発展しようとするエネルギーをも失うことになるのだ。
 話が少し難しくなりましたが、要するに異質なものに向かってゆく愛には自分を高めようとするエネルギーが必要だということです。

・先週の城先生のお話にもあったように、学校はいろいろなことを学ぶ場です。明日から始まる期末試験は学んだ知識が自分のものになっているかどうかを確認するためのものです。ですから、授業は真面目に受け、先生の話をしっかり聞きましょう。でも、それ以外の場では、どんどんいろいろなことに挑戦してください。異質な世界にどんどん飛び込んでいってほしいと思います。もちろん、大変なことや嫌なこと、つらいこともあるでしょう。時には大きな失敗をすることもあるかもしれません。でも大丈夫。学校はやり直しがきく場所です。どうぞ安心して、LOVEの心で、できるだけ異質なことにチャレンジして、自分の可能性を広げていって欲しいと思います。

・さて、先ほどのサッちゃんの話ですが、「LOVEとLIKE」の話に基づいて分析してみると、先生はきっと、サッちゃんに、愛を持って人と向き合って欲しい。異質な友達と向き合うことによって自分自身を磨き、高めていって欲しい。…そう言いたかったのではないでしょうか。
 中学1年生から数えて10年後、サッちゃんはあの時抱いた夢のとおり、学校の先生になりました。中学1年生の時のあの担任の先生の言葉が、現在のサッちゃんの原点かも知れません。

 そして――サッちゃんは、今日も元気に、こうしてここに立って、大きな声を張り上げているのでした。